日本映画で剣と魔法のヒロイック・ファンタジー映画というと、実写ではあまり多くありません。日本映画の場合、アニメがその役割を担ってきたといえるかもしれません。90年代半ばの公開当時、最新のSFXを駆使して描いた『ヤマトタケル』(1994年)は、ハリウッドの『タイタンの戦い』(オリジナルは1981年、リメイクが2010年に作られました)や『コナン・ザ・グレート』(1982年)を彷彿とさせるイメージで楽しめましたが、それに続く作品は作られませんでした。80年代の末に登場した『春来る鬼』は、遠い昔の日本を舞台に一人の若者が苦難を克服していく物語で、一種のヒロイック・ファンタジーだといえます。普通イメージする剣と魔法のファンタジーではなく、日本の土俗神話を実写化したような作り。時代劇とも、ファンタジーとも、一言でジャンル分けできない、独特の魅力をもつ作品になっています。物語の中で若者が直面する苦難。それはモンスターでも悪魔でもなく、閉鎖的で因習にとらわれた村社会に受け入れられるかどうかという問題。岬に位置する謎の村を舞台に若者の挑戦が描かれます。
『春来る鬼』は、民俗学者・折口信夫のエッセイと小論文からインスパイアされ、須知徳平が執筆した同名小説を原作にしています。映画が公開されたころ、私は大学の一般教養で民俗学を受講し、民俗学への深い興味をもちました。『春来る鬼』が、民俗学的な世界を見せてくれていることを知ったのは、ロードショーが終わったあとのことでした。興味をもった私は雑誌『ぴあ』で上映館を探し、ロードショー後に上映していた大阪の天王寺ステーションシネマで鑑賞しました。それまでの映画では観たことがない、不思議な物語世界を楽しみました。
監督の小林旭が、「大人のためのおとぎ話」と語っているように(パンフレットより)、日本の海洋冒険ロマンのルーツともいうべき世界が伝奇的に描かれています。民俗学的英雄伝説ともいうべき異彩を放つ作品です。