『孔雀王』は、当時最新の日本のSFX技術に香港のアクション・スタッフの熟練の技術が融合し、迫力の映像を実現しました。SFXは、日本のスタッフの主導によるものですが、1980年代末は、香港映画におけるSFX技術も急激な発展を遂げている時で、日本と香港のハイブリッドSFXが楽しめます。
愛嬌のあるコミカルな動きがおもしろい魍魎鬼(モウリョウキ)や、羅我のモンスターへの変身は、見事なストップモーション・アニメ(人形アニメ)で再現されています。また、地下から現れる地獄門のミニチュアを用いた描写は、スケール感に溢れています。さらに、巨人の皆魔障外神は、『アルゴ探検隊の大冒険』(1963年)のトリトンや『バグダッドの盗賊』(1978年)の壺の怪人と同様、人間が演じていますが、そこに孔雀やコンチェが合成され、巨大さを見事に表現しています。その他、孔雀、コンチェらが発揮する法力のパワーは、オプチカル合成で再現されていて、派手な念力合戦となっているところも楽しいです。
派手な念力合戦の描写などは、香港映画のSFXが躍進するきっかけとなった『蜀山奇傅 天空の剣』(1983年、主演は『孔雀王』のユン・ピョウ!)を彷彿とさせます。当時、「香港のスピルバーグ」と呼ばれたツイ・ハークが監督した『蜀山奇傅 天空の剣』は、香港版『スター・ウォーズ』、香港版『里見八犬伝』ともいうべき一級の娯楽作に仕上がっていて、香港映画におけるSFX技術発展の礎ともいうべき作品になりました。『蜀山奇傅 天空の剣』以降、SFX技術をさらに発展させた作品が、次々に香港映画界に登場することになります。1985年には、サモ・ハン・キンポーが製作したSFXホラー・コメディ『霊幻道士』が登場し、日本でも大ヒットします。妖怪「キョンシー」は一躍ブームになり、現在まで9つの続編が作られる長寿シリーズとなりました。1986年には、香港版『インディ・ジョーンズ』ともいうべき『セブンス・カース』(監督は、これまた『孔雀王』のラン・ナイチョイ!)が公開。その翌年には、ツイ・ハークが『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』(1987年)を製作します。中国の古典の幽玄の世界をSFXを用いて描いたこの作品は、大ヒットし、類似の作品が多く作られるきっかけとなりました。日本では、『孔雀王』が公開された翌月の1989年1月に正月第2弾の興行として公開され、注目を集めました。『孔雀王』、『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』の連続公開は、日本の観客にも香港SFXの躍進を印象づけました。また、『ロボフォース 鉄甲無敵マリア』(1988年)もツイ・ハークが同時期に製作した作品。こちらは女性版『ロボコップ』ともいうべき作品で、近未来的な世界観が楽しめます。
1980年代は、ツイ・ハークを中心に香港映画が貪欲にSFXを導入した時期だということがわかります。そして、SFXは、アクション映画にも活用されていきました。『悪漢探偵』(1982年)にはじまる”怪盗キングコング”シリーズの3作目『皇帝密使』(1984年)は、SFXを効果的に取り入れ、アメリカ映画を思わせるようなモダンで粋な作品に仕上がりました。アクション映画におけるSFXもその後発展を続け、ツイ・ハークとリンゴ・ラムが共同で監督した『ツイン・ドラゴン』(1992年)では、一人二役を演じるジャッキー・チェンの合成ショットが、ほとんど違和感のない出来栄えになっています。
現在は、香港映画の特撮もCGを主体にしたVFX全盛になっています。『孔雀王』は、VFX時代の前夜、光学合成を主体とするアナログ特撮(SFX)が、香港映画において発展を遂げている真っ只中に作られました。VFXに見慣れた現在の観客の目には、物足りなく見えるかもしれませんが、当時のSFX技術を一歩でも二歩でも発展させようとする日本・香港のスタッフの高い志に満ちた作品だということは間違いありません。