• 映画の思い出を語っていきます!

ブラックホール(その1)

ブラックホール(1979年アメリカ 日本公開: 1980年)The Black Hole

【ポスト『スター・ウォーズ』に挑んだディズニーSF!】

1. SF映画、覇権争いのころ―老舗ディズニーは?

 1970年代末から1980年代のハリウッドは、百花繚乱のごとくSF映画が作られました。1977年(日本公開は1978年)に公開された『未知との遭遇』と『スター・ウォーズ』によって、映画界に「SF映画の時代」がもたらされたのです。この2本の大ヒットによって、SF映画が観客を魅了し、収益を上げられることを認識したハリウッドの映画会社は、競うようにしてSF映画を作るようになり、ポスト『スター・ウォーズ』をめぐる覇権争いの様相を呈していました。

 『スター・ウォーズ』を配給した20世紀フォックスは、『エイリアン』(1979年)を作り出します。パラマウントは、自社のコンテンツであるテレビシリーズ『宇宙大作戦』を映画化した『スター・トレック』(1979年)を公開します。ワーナーは、『スーパーマン』(1978年)を大作として製作し、大ヒット。『スーパーマン』は、今日のアメコミ映画の一つのスタンダードとなりました。ユナイトは、自社が手がけてきたスパイ映画<007=ジェームズ・ボンド>をSF大作化し、『007/ムーンレイカー』(1979年)を発表します。独立プロデューサーたちもこの潮流に乗ります。数々の大作を手がけてきたイタリア出身のプロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスは、『フラッシュ・ゴードン』(1980年)を作りました。B級映画のプロデューサーのロジャー・コーマンは、『七人の侍』をSF映画にリメイクした『宇宙の7人』を発表しました。
 そんな中、ハリウッドの老舗ウォルト・ディズニー・プロダクションは、自社がかつて手がけた『海底2万マイル』(1954年)に着目します。そして、宇宙版『海底2万マイル』ともいうべき『ブラックホール』を製作しました。

 私は、『ブラックホール』を子どものころ、大阪梅田のシネラマOS劇場で鑑賞しました。まだ、小さかったので、映画の深いところまではよくわかりませんでしたが、シネラマの大画面に繰り広げられる宇宙シーンと、魅力的なロボット、レーザー光線による銃撃シーンなどに、目がくぎ付けになったことを覚えています。あまり評価が高いとはいえない映画ですが、映画館は、満員の観客だったことを覚えています。

『ブラックホール』(その2)ストーリー