『曼荼羅 若き日の弘法大師・空海』は、平安時代の日本と唐をセットや衣装でリアルに再現したダイナミックな映画です。脱走する農民とそれを追う兵による淡路の激しい乱闘、見事に再現された遣唐使船、多数のエキストラが行き交う揚州と長安の街並み、空海の予言通り突如崩壊する山の中腹、キャラバンが盗賊に襲われる大西北の迫力ある描写、そして多数の僧が居並ぶ中、青龍寺の灌頂院で行われる密教の秘儀。これらスペクタクルな見せ場が次々に登場し、観客を飽きさせません。しかし、映画はこれらスペクタクルな見せ場をあえて派手に強調せず、あくまで空海の周囲で起こる出来事の一つ一つとして観客に自然に見せていきます。例えば、遣唐使船。再現された遣唐使船は、『天平の甍』(1980年)、『空海』(1984年)に続いて、三度目の登場になります。『天平の甍』、『空海』が遣唐使船を大きな見せ場の一つとして描いていたのに対し、『曼荼羅 若き日の弘法大師・空海』では、遣唐使船が登場するのは、わずか数カットのみ。せっかく映画のために予算を組んで再現したのに数カットとは、贅沢な使い方です。このことからも『曼荼羅 若き日の弘法大師・空海』がスペクタクルを強調しない演出方針で作られたことがわかります。カメラは、徹底して空海の姿を追い続けます。したがって、『曼荼羅 若き日の弘法大師・空海』は、スペクタクルを用意しつつも、あくまで空海が何を見、何を体験したかを丁寧に描く人間ドラマに仕上がっているのです。