『逃亡者』の監督マイケル・チミノの映画人生は、波乱に満ちたものでした。クリント・イーストウッド主演のアクション映画『サンダーボルト』(1974年)で監督デビューし、次の『ディア・ハンター』(1978年)が高く評価され、一躍時代の寵児となりました。ロバート・デ・ニーロ、クリストファー・ウォーケン、ジョン・サベージ、ジョン・カザール、メリル・ストリープらが出演した『ディア・ハンター』は、ベトナム戦争を描いた人間ドラマで、作品賞を含む5部門でアカデミー賞を受賞。マイケル・チミノは監督賞、クリストファー・ウォーケンは助演男優賞の栄誉に輝きました。しかし、監督3作目の大作西部劇『天国の門』(1980年)が高騰した製作費に対して興行収益が極端に低いという大赤字となり、映画会社ユナイテッド・アーティストの倒産の要因になってしまいます。『天国の門』の失敗は、西部開拓史における負の遺産ともいうべき「ジョンソン軍戦争」をテーマにした点が観客に受け入れらなかったことが原因の一つともいわれました。『天国の門』は、時代とともに再評価されるようになってきており、2012年には日本でもディレクターズ・カット版がリバイバル公開されました。
『天国の門』の後、マイケル・チミノは、業界から干されてしまいます。そこに助け船を出したのが、イタリア出身のプロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスでした。ディノ・デ・ラウレンティスは、『道』(1954年)、『カビリアの夜』(1957年)などをイタリアで手がけたのち、アメリカで『キングコング』(1976年)、『フラッシュ・ゴードン』(1980年)、『コナン・ザ・グレート』(1982年)などの大作を製作したプロデューサーです。ディノ・デ・ラウレンティス製作でマイケル・チミノは、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』(1985年)を監督。主演にミッキー・ロークを迎えた『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』は、ニューヨークのチャイニーズ・マフィアと警察の戦いを描くギャング映画の快作に仕上げられました。初老の刑事を演じたミッキー・ロークとチャイニーズ・マフィアの若きボスを演じたジョン・ローンは注目され、スーパーバイオレンスの世界をスタイリッシュに描ききったマイケル・チミノの演出力が評価されました。『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』でマイケル・チミノは不死鳥のごとく蘇ったといえます。そのあと、『シシリアン』(1987年)を挟み、マイケル・チミノが監督した作品が『逃亡者』です。『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』のディノ・デ・ラウレンティス製作、マイケル・チミノ監督、ミッキー・ローク主演というトリオで再び製作されました。ミッキー・ロークは、今度は凶悪な犯罪者に扮しています。『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』と同じトリオですが、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』がニューヨークというコンクリートジャングルを舞台にしたアクション映画だったのに対し、『逃亡者』は密室を舞台にしたサスペンス。題材もアプローチも全く異なる犯罪劇ですが、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』同様スタイリッシュに仕上げられています。