小説の世界に冒険小説というジャンルがあります。冒険小説家として、『ナバロンの要塞』のアリステア・マクリーン、『鷲は舞い降りた』のジャック・ヒギンズ、『ジャッカルの日』のフレデリック・フォーサイス、『寒い国から帰ってきたスパイ』のジョン・ル・カレ、『タイタニックを引き揚げろ』のクライブ・カッスラー、『ファイアフォックス』のクレイグ・トーマスなどがよく知られています。冒険小説は、ポリィカルスリラーであり、軍事アクションであり、スパイ小説でもあります。一方、冒険映画いうと、『インディ・ジョーンズ』シリーズ(1981年~2008年)や『トゥームレイダー』シリーズ(2001年~2018年)といった作品が第一に思い出され、秘境を舞台にした宝探しものというイメージがわきます。つまり、冒険小説と冒険映画は、よく似た言葉でもかなり違うということになります。
1985年にジェフリー・アーチャーの大ベストセラー『ケインとアベル』がテレビドラマ化され、日本でも放映されました。1906年の同じ日に誕生した2人の男の生き様をダイナミックに描いた本作は、完成度も高く、日本でも好評でした。この時、ジェフリー・アーチャーが注目され、私もファンになり、出版されていたジェフリー・アーチャーの小説を片っ端から読破しました。ちょうど、そんな時、ジェフリー・アーチャーの最新作『ロシア皇帝の密約』が出版されました。まさに冒険小説のお手本のような作品でハラハラドキドキしながら読んだことを覚えています。この小説との出会いをきっかけに私は冒険小説ファンになりました。
『ロシア皇帝の密約』は、当時スティーブン・スピルバーグのアンブリン・エンターテイメントが、映画化権を取得し、スピルバーグ自身の監督で近々映画化されると報道されました。私は、そのニュースを聞いたとき、これは、冒険小説の映画化としてエポックメイキングな作品になり、冒険小説映画ともいうべき新しいジャンルが作られることになるだろうと期待しました。スピルバーグのことです。それまでも、数々のエポックメイキングな作品を作り出してきました。スピルバーグは、『ジョーズ』(1975年)で動物パニック、『未知との遭遇』(1977年)でファーストコンタクトSF、『E.T.』(1982年)でエイリアンとの交流物、『レイダース/失われたアーク<聖櫃>』(1981年)で冒険活劇、というふうに新ジャンルを開拓(もしくはそれまでのジャンルをアップデート)してきました。そして、それぞれのジャンルで類似の作品、亜流が作られることになりました。
ですから、スピルバーグの『ロシア皇帝の密約』は、冒険小説をまったく新しい見せ方で描き、冒険小説映画というべき新しいジャンルを生み出すことになると期待したのです。しかし、残念ながら、スピルバーグによる『ロシア皇帝の密約』の映画化は、実現しませんでした。