冷戦が続く1960年代から1970年代にかけて、世界は、イデオロギーの対立、人種差別、パレスチナ問題などをかかえ、激動の時代の中にありました。1960年代から1970年代の世相を題材にした映画が1980年代から1990年代にかけて多く作られました。過ぎ去った出来事を10年くらい経って客観的に分析し映像化することで、映画人は、観客に、一つの視座を与えようとしてきたといえます。その意味で、映画は、常に、時代を映す鏡であるということができます。
1963年のケネディ大統領暗殺事件は、世界中に衝撃を与えました。この事件を題材にしたのが、『ダラスの熱い日』(1973年)と『JFK』(1991年)です。『ダラスの熱い日』は、首謀者の側からドキュメンタリータッチで事件を描きました。オリバー・ストーンがオールスターキャストで描いた『JFK』は、地方検事ジム・ギャリソンが起こした裁判を膨大な情報を織り交ぜて映画化。この映画の大ヒットは、事件が軍産複合体による陰謀によって起こされたものという認識を広く大衆に与えるきっかけをつくりました。『JFK』の大ヒットで翌年には、単独犯とされたオズワルドを射殺したジャック・ルビーを主人公にした『ジャック・ルビー』(1992年)も作られました。1962年のキューバ危機にケネディ陣営がどう対処したかを描く『13デイズ』(2000年)もあります。近年もケネディ大統領の弟のロバート・ケネディ暗殺の日に焦点を当てた『ボビー』(2006年)や、ケネディ大統領暗殺事件を妻のジャクリーンの視点から描いた『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(2016年)、暗殺されたケネディ大統領に代わって就任したジョンソン大統領を描く『LBJ ケネディの意志を継いだ男』(2016年)なども作られています。
ジョンソン大統領の次に就任したニクソン大統領も『JFK』を手がけたオリバー・ストーンによって『ニクソン』(1995年)として映画化されました。ニクソン大統領の少年期から晩年までを映し出す大河ドラマに仕上がっていて、信用を失墜させることになるウォーターゲート事件についても、詳しく描かれています。1972年に起こったウォーターゲート事件を暴いた2人のジャーナリストを主人公にしたのが『大統領の陰謀』(1976年)。近年も、ニクソンにウォーターゲート事件についてインタビューしたテレビ司会者を生き生きと描く『フロスト×ニクソン』(2008年)が作られています。
『JFK』公開直後には、ケネディ大統領と同時代に生きた全米トラック運転組合のリーダーを主人公にした『ホッファ』(1992年) も作られました。
アメリカの公民権運動を描く作品では、その年のアカデミー賞でも注目された名作『ミシシッピー・バーニング』(1988年)や、スパイク・リー監督による3時間を超える大作『マルコムX』(1992年)が知られています。近年もキング牧師を描く『グローリー/明日への行進』(2014年)やNASAを舞台にした『ドリーム』(2016年)が作られました。
パレスチナ問題を扱った作品では、1976年にウガンダのエンテベ空港で起きたハイジャック事件と、その救出の顛末を描いた『エンテベの勝利』(1976年、テレビ映画ですが日本では劇場公開)、『特攻サンダーボルト作戦』(1977年、こちらもテレビ映画ですが日本では1987年に劇場公開)が作られています。近年もこの救出作戦を描く『エンテベ空港の7日間』(2018年)が公開されました。また、『ブラック・サンデー』(1977年)も忘れられない作品。パレスチナのテロ組織「黒い九月」とイスラエルのモサドの戦いを描くトマス・ハリスの小説を映画化した『ブラック・サンデー』は、公開前に劇場に脅迫状が送られ、上映が見送られました。その結果、日本で劇場公開が実現したのは、34年後の2011年開催の「午前十時の映画祭」においてでした。『ブラック・サンデー』は架空のテロ事件の物語ですが、近年になって、「黒い九月」が1972年のミュンヘンオリンピックで起こしたテロ事件とイスラエルのモサドによる報復作戦を描く『ミュンヘン』(2005年)が作られました。
そのほか、コスタ・ガブラス監督は、1973年のチリの軍事クーデターに迫る『ミッシング』(1982年)を発表し、カンヌ映画祭でグランプリ(パルムドール)を受賞。ローランド・ジョフィ監督が1970年代のカンボジア内戦を描いた『キリング・フィールド』(1984年)は日本でも大ヒットしました。『プラトーン』(1986年)、『JFK』のオリバー・ストーン監督が1980年代初めのエルサルバドル内戦を扱った『サルバドル/遥かなる日々』(1986年)は、日本では『プラトーン』のヒット後に公開され注目を集めました。
日本映画では、『ラストエンペラー』(1987年)のジョン・ローンを主演に迎えた『チャイナシャドー』(1990年)があります。文化大革命からドラマ始まる『チャイナシャドー』は激動の中国現代史を描いた作品です。2000年代には、1972年の浅間山荘事件をドキュメンタリータッチで描く『突入せよ! あさま山荘事件』(2002年)が作られました。
1960年代から1970年代の激動の時代に起こった数々の紛争・事件は、映画の物語になりやすく、映画人も惹きつけられる題材といえます。『イヤー・オブ・ザ・ガン』もまた、1970年代後半のイタリアを舞台に、テロ組織「赤い旅団」を扱った作品で、これらの系譜に属する作品といえます。当時の政情不安なイタリアの世相とテロ組織の恐怖がリアリティたっぷりに描かれています。